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[新型肺炎]漢詩はクールだ!〈前編〉 ●支援物資より心に響く名句の往来

 

 

「山川異域,風月同天」「豈曰無衣,与子同裳」に続けとばかり、舞鶴・富山など、日本の地方自治体が中国に支援物資とともに贈った“名句”に注目が集まっています。中国のネットユーザーたちが自国の“漢詩”文化を再認識するうえでも大きな役割を果たしたといえそうです。

 

 

武漢をはじめ、中国各地に届けられる日本からの支援活動が中国でホットな話題となっています。これまでにも、都道府県や都市による支援物質のことや、自民党が党所属国会議員に1人5000円ずつ中国に寄付したこと、96歳となった村山富市元総理が「武漢加油」と書かれた書を披露したこと等がSNS等で紹介されています。

 

 

そのほか、チャイナドレスを着た少女が街頭募金をしている姿を映した動画や、俳優の矢野浩二さんが、イメージキャラクターを務める企業の協力を得てマスクを寄贈したこと等の情報も出回り、ネット上では感謝や称賛の書き込みが相次いでいます。

 

おそらく日本による支援活動がここまで大きな反響を得たのは恐らく初めてのことです。もちろん、時代背景やネットインフラ等の事情も関係はしています。しかし、中国の失学児童に向けた援助、ボランティアによる植樹活動、金額としては遥かに大きな数々のODA援助等、日本側が行ってきた政官民いずれの活動もホットな話題になることはなかったのではないでしょうか。

 

 

日本が今回行った支援活動に対する反響は、先週に配信した以下の記事でも触れさせていただきました。

 

https://mp.weixin.qq.com/s/TbOushXd-mpFZMoVNrDteg)

まさしく援助のタイミングが「錦上添花」(錦上花を添える)ではなく「雪中送炭」(雪中に炭を送る)だったわけです。さらには、「山川異域、風月同天」(HSK日本事務局)「豈曰無衣,與子同裳」(NPO法人・仁心会)など、支援物資に添えられた漢詩による効果が大きかったことも看過できません。

 

 

「山川異域…」については、中国ではマイナーな詩とされています。にも関わらず、1000年以上の歳月を経てスポットを浴びることになったのは感慨深いものです。この詩を支援物資に添えようと最初に考えたのが果たして日本人なのか、それとも日本文化に通暁した在日華僑の方なのかわかりません。しかし、結果として多くの中国人の心の琴線に触れることになったのはSNS上の反響を見るだけでも確かなことです。

 

 

ちなみに、「山川異域…」は日本語では“漢詩”という総称でひとくくりにされてしまいますが、じつは中国では李白杜甫の作品に代表される“唐詩”に分類されます。経済が繁栄し、歴代王朝で国力がピークにあったとされる唐王朝の時代の作品を意味します。「山川異域…」という応援メッセージは、中国人が同王朝に対して潜在的に抱く強い思い入れを啓発し、日本との絆を見つめ直すうえで大きな役割を果たしたのだといえそうです。

 

一方、「豈曰無衣,與子同裳」についても、中国人自身が、遥か紀元前から綿々と続く漢詩の文化の意義を再認識し、自国が誇る悠久の歴史を見つめ直すきっかけになっているのではないでしょうか。

 

 

ともあれ、たとえ世界に熱烈な“親中国家”がいくつも存在していたとしても、“漢詩”外交”は日中間の交流だけに許される専売特許と言ってもよさそうです。その効果を見越してなのか、HSK日本事務局やNPO法人・仁心会に啓発されてなのか、その後、地方自治体が支援物資を寄贈する際に漢詩を添えるのがお決まりになってしまった印象もあります。以下、中国のネットで取り上げられていた”名句”をご紹介しましょう。

 

 

舞鶴

●青山一起同雲雨,明月何曽両郷

qing1shan1 yi1qi3 tong2 yun2yu3, ming2 yue4 he2 ceng1 liang3xiang1

・唐代の詩人・王昌齢が書いた送別の歌、『送柴侍御』とか。

 

富山

●遼河雪融,富山花開;同気連枝,共盼春来

liao2 he2 xue3 rong2 ,fu4 shan1 hua1 kai1 ;tong2 qi4 lian2 zhi1 ,gong4 pan4 chun1 lai2 

富山県在住の中国人が考案。『千字文』のある「孔懐兄弟,同気連枝。交友投分,切磨箴規」をアレンジ!?

 

北海道

●海天一色,風雨同舟

hai3 tian1 yi1 se4 ,feng1 yu3 tong2 zhou1

・困難や苦労を一緒に経験する意味。

 

札幌

●冠巾倶是唐時衣,言語同為漢流源。

guan1 jin1 ju4 shi4 tang2 shi2 yi1 , yan2 yu3 tong2 wei2| han4 liu2 yuan2 。

・北海道は黒龍江省へ、札幌市は友好都市の吉林省長春市へそれぞれ支援物資を寄贈。

 

京都

●不畏浮云遮望眼,長安故城有故人

bu4 wei4 fu2yun2 zhe1 wang4 yan3 , chang2an1 gu4 cheng2 you3 gu4ren2

王安石《登飛来峰》から。言わずも知れた長安平安京の関係に思いを馳せます。

 

奈良

●奈何風雨,良人殷切

nai4he2 feng1yu3 ,liang2ren2 yin1qie4

奈何風雨,良人殷切

・上の句と下の句に「奈」と「良」を入れて自県をアピール。

 

横浜

●横山一脈東復西,濱水相連袍與衣

heng2shan1 yi1 mai4 dong1 fu4 xi1 , bin1 shui3 xiang1lian2 pao2 yu3 yi1

・「横」と「浜」を散りばめる工夫は中華街を擁する横浜市には朝飯前⁉

 

 

「花より団子」という現実主義に立てば、これらの詩を贈られたとて、受け取った方には腹の足しにもなりません。まして感染予防や治療の役目を果たすわけでもありません。しかし、わずか漢字数文字のなかに、苦境にある相手に対する支援の気持ちが余すところなく込められており、精神面での“良薬”となったというのが中国のネット上での一般的な反応です。

 

日本語のメッセージが中国語に訳されてネットで拡散し、中国人の心を勇気づけ、鼓舞する言葉として歓迎されるケースもあります。たとえば、「止まない雨はない、必ず晴れる」「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」というスローガンを掲げたポスターを貼った店舗の写真がネットで出回っていました。中国語では“没有不停的雨,天一定会晴。互相争就不足,互相分就有余。”と訳されています。

 

 

後者の「うばい合えば足らぬわけ合えばあまる」――は、東日本大震災の被災者に向けた支援メッセージとして知られているそうですが、ご存じ、相田みつお氏による作品です。

 

ネットの書き込みを見ると、この言葉を崇高な精神文明のあらわれだと称賛するものもあれば、処世の上で必要な指針とすべきだと受け止めたネットユーザーもいるようです。ただマスクの供給が追いつかず、商品の買い占めなどの事態が起きるなか、消費者に対する注意喚起というよりも、少々アイロニーが込められているという印象もなきにしもあらずです。

 

 

ともあれ、漢字を通した筆談で意思を通わせること一つとっても、日本と中国の関係は世界的に見ても稀有な存在です。言語を違えても、相互の意図を察することができるエスパーのようなものが、日中両国民に備わっているとしたら、これはまた有意義なことではないでしょうか。(続く) 

 

文:耕雲