「恋文の日」に観たい映画《你好,之華》
【「恋文」がテーマの話題作 『チィファの手紙』が日本公開へ】 明日は「5=こい 2=ぶ 3=み」――「恋文(ラブレター)の日」だそうです。そんな折、映画ファンなら誰もが関心を引くだろうニュースが飛び込んできました。RecordChina(5/21付)等が報じたところによると、岩井俊二監督がメガホンをとった中華映画『チィファの手紙』(中国語名:《你好,之華》)が今秋、日本で公開される予定です。
『ラストレター』の姉妹版
中山美穂主演の『Love Letter』が公開されたのは四半世紀前のことです。以来、『スワローテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』『花とアリス』等、数々の話題作を創り出してきた岩井俊二監督の最新作が『ラストレター』です。今年1月に公開され、話題になりました。
『チィファの手紙』のことを中国版『ラストレター』と紹介する記事を見かけますが、前者は2018年にすでに中国で封切られています。したがって、『チィファの手紙』のリメイク版が『ラストレター』という説明のほうが現実に合致しているのではないでしょうか。
『チィファの手紙』は岩井監督が中国で初めてメガフォンをとった映画だそうです。主役のチィファ(之華)を演ずるのはジョウ・シュン(周迅)。彼女の初恋相手であるチュアン(川)はチン・ハオ(秦昊)が演じています。『ウィンター・ソング(如果,愛)』や『捜査官X 武侠』等で知られるピーター・チャン(陳可辛)が作品のプロジュースを担うなど豪華な制作布陣を敷いたことも話題になりました。
さて、一言で『チィファの手紙』を説明すれば、「姉を亡くしたヒロインと初恋相手を軸に展開する世代と時間を超えた淡くて美しい恋物語」ーといったところでしょうか。過去と現在を交錯させながらストーリーをつないでいく手法や、チィファの姉の葬儀が重々しく行われるオープニングの映像は、『Love Letter』を彷彿させます。『Love Letter』のオープニングも、雪の中で主人公の夫の三周忌が行われるシーンでした。
“手紙”の復権
『チィファの手紙』では、亡くなった姉・チィナン(之南)宛てに同窓会の招待状が届き、姉が他界したことを知らせるためにチィファ(之南)がその同窓会に参加するところからストーリーが展開していきます。同窓会の会場で、チィファは出席者たちから姉と勘違いされてしまい、用件を切り出すことができませんでした。その後、初恋相手のチュアン(川)と再会。2人はその後、手紙のやり取りをすることにーー。
スマホ全盛の時代、通常なら互いにスマホのQRコードを読み取って、WeChatで交信しようーーというのが相場です。過去の遺物として淘汰されかねない手紙という交信手段を、ストーリーの中でどのように“復権”させているかという点も、この映画のチェックポイントの一つではないでしょうか。一方、チィファの姑がかつて師匠でもあった元英語教授に手紙を送るシーンが描かれていたり、娘と姪(チィナンの娘)の感情の揺れを描き出したり、世代を超えた“恋物語”が巧みに紡がれていくのは「岩井俊二ワールド」の骨頂だといえるかも知れません。
なぜ大連がロケ地に?
ちなみに同作品では上海の風景が映し出されるシーンもありますが、大部分は大連で撮影されたと言われています。市街地や空港はもとより、旅順の風光明媚なスポットが随所に登場します。
なぜ大連がロケ地に選ばれたのか、何が決定打となったかについて真相に触れた記事は見当たりませんでしたが、奇しくも大連は岩井監督の母親の出生地だそうです。他の都市もロケ地の候補に挙がっていたなかで、おそらく監督はとりわけ大連との縁を感じたに違いありません。
一方、『チィファの手紙』をリメイクした『ラスト・レター』の舞台となったのは、監督自身の故郷でもある宮城県の仙台市です。仙台と大連は以前、直行便も飛んでいた時期があるほか、宮城県の出先機関が大連市に置かれるなど交流も盛んです。それぞれ日本と中国の東北地方に位置し、気候条件や経済的な位置づけでも類似性がある両都市が、岩井監督のロケ地として選ばれたのは決して偶然ではなかったかも知れません。
過去との決別と新たな門出
『チィファの手紙』では、主人公と初恋相手の間で激しい感情のぶつかり合いが展開されることはありません。ただ、チュアンがチィナンの夫を訪ねに行くシーンは、よもや一波乱が起こるのではないかという不安を視聴者に抱かせるのには十分でした。チィナンの夫は、家庭内で暴力をふるい続けた“悪役”として描かれていたからです。
結果として大事には至りませんでしたが、その“悪役”が言い放った「人生というのはなあ。おまえが勝手気ままにペンを動かして書き尽くせるようなものではないんだ」というセリフは、ある意味、人生の真実を突いているといえそうです。一見、平坦にも見える個々の生活のなかにも、さまざまな葛藤や後悔、すれ違いが連続するのが人生であることを多くの人が気づいているはずだからです。
ジョウ・シュンの演技は素晴らしいものでした。かつて恋い焦がれた相手への断ち切れない想いを、些細なしぐさや表情で表現しているように感じられました。チィファが訪問していた先に突然チュアンが現れ、ドアの外にチュアンを待たせている間に口紅を探そうと慌てふためくシーンは、微笑ましくもあり、リアルな描写として深く印象に刻まれます。
「你好,之華」が意味するもの
それにしても、ストーリーが全体を通して「你好,之南」と切り出される手紙を軸に展開していくのに関わらず、中国語のタイトル名が『你好,之華』となっているのはどうしてでしょうか。チィファ(之華)が想いを寄せるチュアン(川)が好きなのは、優秀で非の打ち所がなかった姉、チィナン(之南)でした。したがって、チュアンが書き綴る手紙もチィナン本人に宛てられたものあり、そうでなければチィファが装う“チィナン”に送られたものです。「你好,之南」と切り出された手紙はどこに存在していたというのでしょうか。
どうやら「你好,之華」が意味するものは、クライマックスのシーンに結論がありそうです。言ってみれば「過去との決別と新たな門出」とでも言うべきでしょうか。「你好,之華」は、『Love Letter』で主人公が山に向かって「お元気ですか」と叫び続けた際、それが誰に向けられたものなのかというテーマにも行き着きそうです。
なお、『你好,之華』の公開時に使われていたポスターは「チィファ」役のジョウ・シュンがメインですが、最近、発表された『チィファの手紙』のティザービジュアルでは「チィナン」の横顔が使われています。ビジュアル的に若い女性を表紙にしたほうが興行的に好ましいと踏んだのでしょうか。しかし、元々あった中国語のタイトルや、ストーリーの根幹に流れるコンセプトを考えた時、果たしてこれが妥当な措置かどうかは議論の余地がありそうです。
また、たとえリメイク版である『ラストレター』が『チィファの手紙』と瓜二つの作品で、ストーリー展開も登場人物のセリフも似通っていたとしても、両者を比較して鑑賞してみるのも決して無意味なことではないでしょう。やはり気になるのは『ラストレター』というタイトルそのものです。『你好,之華』という爽やかな響きとは違う、なにか重々しい響きを伴っているように感じられるのは気のせいでしょうか。
(文・耕雲)
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