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漢詩はクールだ![中編] 「武漢がんばれ」はかっこ悪い? &「鑑真」「仲麻呂」が登場する映画・ドラマ

 

シンプルで訴求力がある四字熟語は、ともすれば“益荒男”を尊ぶ価値観にもつながりかねません。ある学者が「武漢加油」の標語に批判とも受け取られかねないコメントを行ったのは、そんな憂慮が背景にあったと考えられます。それはともかく、漢詩をテーマとした投稿や書き込みがネットにあふれるなか、「鑑真」「仲麻呂」への関心が高まっている印象があります。2人が登場するメジャーな映画作品とドラマもピックアップしましたのでご参考まで。

 

 

前号で取り上げた「山川異域、風月同天……」が中国に与えたインパクトは、文化人にも及んでいると見られます。ネットで議論を呼んだのが、武漢大学国家文化発展研究院副教授で中国作家協会会員でもある韓晗氏の《为什么别人会写“风月同天”,而你只会喊“武汉加油”?》と題した寄稿文です。

 

「なぜ他人(日本人)が『風月同天』と書けるのに、君は『武漢加油武漢頑張れ)』と叫ぶだけなのか」――少々挑発的ではありますが、世間で見られるさまざまな標語は修辞的に言って行き詰まり感があると韓氏は問題提起しているのです。

 

同氏によれば、「全面推進、綜合治理、扎実推進、厳格執行、牢牢把握」…というのは、かつて新中国建設に向けた運動を鼓舞するために使われた「多快好省」(多く・速く・立派に・無駄なく)「三面紅旗」(総路線、大躍進、人民公社)スローガンさえ想起させるとしています。

 

 

 

ここで触れておきたいのは、日本人自身が四字熟語を好んで多用したのはいつだったかということです。「本土決戦」「聖戦完遂」「尽忠報国」「鬼畜米英」「一億玉砕」「神州不滅」……。これらの言葉が声高く叫ばれた時代に話題が及ぶと心穏やかでいられない方も少なくないのではないでしょうか。

 

武漢加油」(がんばれ!)「衆志成城」(一丸となって!)というように、四字熟語で表現されるフレーズはたしかに簡潔明瞭、パワフルで爽快感さえあります。しかし、こうした言葉をみだらに多用すれば、それこそ「益荒男(ますらお)」を過剰に尊ぶバランスを欠いた社会を造成してしまうリスクがあるのではないでしょうか。

 

 

そもそもラフカディオ・ハーンが愛してはやまなかったのは、日本の美しい自然であったり、素朴な庶民の暮らしのなかに息づく信仰心であったり、「益荒男」の世界とは無縁のものだったとされています。中国の人たちもまた、“強国”であった唐王朝に思いを馳せながらも、“力”だけでは得られない“品格”のあり方について、深く省察を試みようと模索を始める時期にさしかかっているのではないでしょうか。

 

日本では四字熟語がスローガンとして使われる事例は少なくなりました。代わって目立つのは、昨年の流行語である「ワンチーム」のように横文字の場合が多そうです。「ワンチーム」という言葉にネガティブなイメージはありません。けれども手垢にまみれれば、これもまた“軽薄”という印象を持たれかねないリスクがありそうです。物事、やはりバランスが大事ですね。

 

それにしても、「山川異域、風月同天……」関連の記事を見ると、まるで“詩歌大会”とでも言っていいぐらいの盛況ぶりです。日本への返礼の辞に「謝謝」のフレーズは妥当ではないとばかり、さまざまな漢詩の名作をもとに、趣向を凝らしたフレーズの創作さえ見られています。

 

 

鑑真や阿倍仲麻呂をテーマにした記事も見受けられます。王維による「秘書晁監(「秘書監の晁衡」)や李白の「哭晁卿衡」等の作品を紹介しながら、唐王朝時代の日中関係を詳細に解説した記事もありました。

 

俗に情報とは一過性の“フロー”なものと、時間のふるいに掛けられた“ストック”なものとに大別されるといわれます。本来ならどちらが優先されるという問題ではないのでしょうけれど、当の韓氏は、「创新要有方向,是应当朝更远的历史深处回望」と持論を展開しています。情報があふれかえるネット時代のなかでイノベーションを志すならば、悠久の歴史に想いを馳せることに方向軸を定めるべだ―――言ってみれば「温故知新」というスタンスの必要性を肝に銘じておきたいところです。

 

 

鑑真や阿倍仲麻呂は日本人だけでなく中国人にとっても思い入れの深い人物であるといえそうです。『さらば、わが愛/覇王別姫』で知られる陳凱歌(チェン・カイコー)監督がメガフォンをとった『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎 -(中国語名:妖猫伝)』では、阿部寛阿倍仲麻呂役として登場しています。史実に基づいたものというよりも、歴史サスペンスに分類される作品ですが、エンターテイメントの世界を通して古代の日中交流史に関心を持つ人たちが増えるのであれば、それはそれで好ましいことと言えるでしょう。

 

「鑑真」「仲麻呂」が描かれている映画&ドラマの名作には『妖猫伝』のほか、『天平の甍』『唐招提寺 1200年の謎』があります。以下、ご参考になれば幸いです。(続く)

(文:耕雲)

 

天平の甍

原作はノーベル賞文学賞候補にもなった井上靖。改革開放直後の中国で大規模ロケを行った作品として有名。

上映年:1980年  
監督:熊井啓

鑑真役:田村高廣

阿倍仲麻呂役:高橋幸治

 

 

●妖猫伝(空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎 -)

原作は夢枕獏。『さらば、わが愛 覇王別姫』で第46回カンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いた陳凱歌監督による歴史ミステリー。空海楊貴妃の死の謎を解きあかす。

 上映年:2017年  

監督:陳凱歌

阿倍仲麻呂役:阿部寛

 

 

唐招提寺 1200年の謎

12年にわたる苦難の旅の末、ようやく日本に到着した中国僧・如宝(中村獅童)たちとその師・鑑真(中村嘉葎雄)による唐招提寺の建立の奇跡を描いたドラマとドキュメンタリー。

上映年:2009年  

制作:TBS

鑑真役:中村嘉葎雄