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北海道・鈴木直道知事をめぐる中国ネットの反応 絶賛コメントから見る7つのキーワード

 

日本政府に先駆け、「緊急事態宣言」をいち早く出して管轄地域の小中学校に全面的な休校を求めた北海道・鈴木直道知事が中国でも話題の人となっています。“80後”生まれのイケメン首長であることや、スピーディーな政治判断を行ったこととは別に、彼の特異な経歴にもネットユーザーから熱い視線が注がれています。

 

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大阻止を目的として北海道・鈴木直道知事が掲げた「緊急事態宣言」。国に先駆けて打ち出した施策の妥当性について日本では否定的な意見も見られていますが、中国のネットでは絶賛コメント一色でした。

 

 

「日本で最もイケてる首長」への関心度は中国でもたちまちヒートアップし、鈴木知事の経歴の事細かな情報がネットで共有され、多くのコメントが寄せられています。7つのキーワードから中国ネットユーザーの反応を見ていくことにしましょう。

 

 

 

2月27日、管轄内の学校に休校を要請した鈴木知事が、一連の新型肺炎対策を発表する際に使った「隗より始めよ」が中国のネットで話題になりました。「隗より始めよ」を中国語で言うと「请自隗始」。「戦国策燕策」の郭隗(かくかい)にまつわる故事で、率先垂範の意味で頻繁に使われています。

 

「山川異域、風月同天」が契機となったのか、昨今では日本人になじみのある唐詩や成語には中国のネットユーザーが敏感に反応しがちです。北海道が黒龍江省に支援物質を送った際に添えられた「海天一色,風雨同舟」(hai3 tian1 yi1 se4 ,feng1 yu3 tong2 zhou1)を紹介した記事もありました。

 

 

 

「前例はないが政治判断は結果が全て。結果は自分が責任を負う」――果敢かつスピーディーに取り組んでいく政治姿勢に舌を巻いたのは中国人のネットユーザーとて同じようです。

 

政治的手腕への評価はもとより、北海道知事に当選してから、自らの給与を3割削減する公約を果たしたことや、夕張市市長を2期務めたときは、手取り16万円、年収215万円と、全国の市長で最も薄給だったことにも驚きの声が上がっています。

 

 

 

そもそも「80後」生まれの若さあふれるイケメン首長――それだけで話題性は抜群だったと言えます。トレンディードラマやアニメの世界から飛び出てきたようなルックス、それに堂々としたスピーチに虜になったネットユーザーは少なくないようです。

 

マスク姿で記者会見の場現れても、その“顔面偏差値”への関心は高く、SNSでは、「相原崇に似ている」「政界の竹内涼真だ」などのツイートが見られます。

 

 

 

利害の“調整”に多大なリソースが割かれる日本の国政。「法的根拠」や「科学的根拠」を言い訳に大胆な感染防御策が講じれないことや、失言をしては謝罪する政治家のニュースに呆れ返るネットユーザーもいます。

 

こうしたなか、鈴木知事がとったリーダーシップは模範的なものであり、良い意味で「日本らしくない」――日本の政治の慣例から見て似つかわしくない――という見方が浸透しています。さらに鈴木知事が日本の政界では一般的な“世襲”とは全く無縁であったことにも関心が寄せられています。

 

 

 

政界のプリンスと評されてきた小泉進次郎環境大臣と対比するかたちで、鈴木知事を称賛するコメントも見かけられます。“貴公子”ではなく“鳳凰男”(貧困家庭に生まれ、長年にわたる苦節を経て大学に入学、最終的に都市へ移り住んだ男性)――そんな「草の根」のヒーローが将来の日本の首相になってくれたらというエールもありました。

 

「恒産なくして恒心なし」と「艱難人を玉にす」のいずれが真実なのか――という問いはナンセンスかも知れません。しかし、日本では“世襲政治家”が、中国では“富二代”(富裕層の二代目)があまりに多くなりました。それだけに鈴木知事に対して新鮮なイメージを抱く中国人ネットユーザーは多いようです。

 

 

 

就職した後に進学した法政大学でボクシング部主将を務め、「2002年度国民体育大会ボクシング競技東京都代表選考」フェザー級準優勝をした鈴木知事の経歴もユニークです。財政破綻した夕張市での挑戦を綴った「やらなきゃゼロ!」(岩波書店)にはファイティングポーズをとる彼の写真が使われています。

 

不屈の闘志を有した政治家として知られるウィンストン・チャーチルの言葉を鈴木知事が座右の銘としていることもネットで注目されました。――「お金を失うことは小さく失うことだが、名誉を失うことは大きく失うことだ。しかし、勇気を失うことは全てを失うことだ」(失去金銭是小損失,失去名誉是大損失,但是失去勇気等于失去一切)。そしてホームページには、「あらゆるピンチをチャンスに!」をスローガンに掲げています。

 

 

 

2008年、猪瀬直樹東京都副知事(当時)の発案により、財政破綻で職員数が半減した夕張市に派遣されたのが鈴木知事の北海道との縁の始まりでした。その後、同市の市長を2期8年務めることになりますが、最大の功績は「夕張メロン」を世界に通じるブランドに育てるべく奔走したことでしょう。

 

夕張メロン知名度は中国でも高くなっていますが、そもそも夕張は中国人にとってもまんざら縁がない街ではありません。『幸福の黄色いハンカチ』は、改革開放の初期に中国で放映された日本映画の一つです。中年世代以上であれば、夕張市の庁舎を去る鈴木氏を市民たちが黄色いハンカチを振りながら見送ったというエピソードを聞いて、ピンと来た人は少なくないでしょう。

 

 

 

幸福の黄色いハンカチ』といえば、故・高倉健さんの主演作です。夕張という縁で高倉健さんと鈴木知事を結びつけるのは牽強かも知れませんが、鈴木知事には(日本の首相になってほしいという期待は別に置きまして)「令和の高倉健さんになってほしい」と望むのは決して御門違いではなさそうです。

 

 

高倉健さんが日中関係に残した功績――それは改革開放初期の中国で、中国人の日本人に対するイメージを大きく変えたことだと言われています。1980年代――昭和の時代――高倉健さんが中国でヒーローだったことは、2014年11月、まだ日中外交が冷え込んでいたにも関わらず、中国が彼の訃報に対して異例の哀悼の意を示したことでも容易に理解できることでしょう。

 

鈴木知事に対する中国のネットでの扱いを見ると、日本人男性がここまで称賛の対象となったのは高倉健さんのほかいなかったのではないでしょうか。鈴木知事の“不太日本”(日本らしくない)ともいえる一面が、日中新時代を発展させていく礎となるように期待したいところです。(耕雲)